群馬の五十猛命

Welcome to Gumma.Sorry The Japanese Language only.

 上野、下野である。この地域は古来より開拓されている。
邪馬台国と同盟し、尾張の狗奴国を東西から挟撃したとの説もある。
 また、渡来人を多く配置した所でもある。



群馬県 前橋市 千代田町 3-8-12    熊野神社

群馬県 高崎市 石原町 1247    小祝神社

群馬県 多野郡 吉井町 神保 435    辛科神社

群馬県 館林市 台宿町 2-8    熊野神社

群馬県 太田市 熊野町 23-25    熊野神社

群馬県 太田市 強戸 1711    熊野神社

群馬県 太田市 強戸 956    八幡社

群馬県 太田市 西長岡 1367    菅原神社

群馬県 新田郡 新田町 小金井 1112    松尾神社

群馬県 佐波郡 境町 米岡    米岡神社

群馬県 伊勢崎市 茂呂町    千本木神社



 熊野神社
群馬県前橋市千代田町3-8-12 mapion


交通案内
前橋駅より 北1km  

祭神
主神 櫛御氣野命
配神 大屋津姫命、五十猛命、大鳥神
由緒 

 創建年代は不詳。紀ノ国の熊野本宮大社からの勧請であろう。

 紀ノ国の熊野地方は濃厚な深林であり、樹木神の祀られている地域である。主祭神の櫛御氣野命はまた家津美御子命との記され、 食物を司る神とされている。素盞嗚尊の別名とされている。
 配神の大屋津姫命、五十猛命は、この社に名はないが抓津姫命と共に、素盞嗚尊の御子とされ、 共に木種を全国に播いた有功の神とされている。
 この神々が熊野本宮大社に祀られていた時代があったのだろうが、現在は見当たらない。

 上野(こうずけ)は有名な神社の多い所である。例えば
 赤城神社「大己貴命、豊城入彦命」
 貫前神社「経津主命」一宮、旧抜鉾神社 物部氏にゆかり
 榛名神社「火産靈神、埴山姫神」摂社 杵築社「大國主命、事代主命 配 五十猛命、大屋津姫命 ほか」なお榛名の名を持つ他15神社が鎮座。
 妙義神社「主神 倭建命、配 菅原道眞公、丹生都姫命、權大納言長親公」

 古来より開拓されており、遺跡も多い。邪馬台国論争の中に、大和の邪馬台国が尾張の狗奴国と争う際、 上野の国(遠絶国の内烏奴国に比定?)と同盟を結び挟み撃ちにしようとしたとの説も出ている。

お姿
 かっては社地も広く、社叢もあったのであろうが、今や前橋市の中心に位置し、その面影はない。



お祭
例大祭 9月15日


 小祝おぼり神社
群馬県高崎市石原町 mapion


交通案内
高崎駅より上信バス吉井方面行き 小祝神社前  

祭神
主神 少彦名尊
合神 速玉男命、大日め命、五十猛神 ほか17神
由緒 

 式内社。本地仏は文殊菩薩。境内から縄文前期の土器片が出土しており、相当な歴史を持っている地域に鎮座している。
 少彦名神は外来の神であり、渡来人の斎祭った神社であった。氏族の名は不明。
 五十猛命が合祀された由来は不明であるが、速玉男命なども合祀されている所から近くの熊野に由縁の神社が合祀されたのであろう。




お姿
 境内に幼稚園がある。社殿は江戸時代に間部詮房が再建したものである。彩り鮮やかである。それでも室町時代よりは濃い色になっている。



お祭
例大祭 4月19日、9月19日


 辛科神社
群馬県多野郡吉井町神保 mapion


交通案内
上信電鉄西吉井駅 南30分  

祭神
速須佐之男命、五十猛命
由緒 

 往古、こと地には新羅系渡来人が多く居住し、この神社の鎮座している神保がその中心地であった韓級郷であろう。
 辛科神社は他にもあり、藤岡市上日野字田本、上日野字細ケ井戸に鎮座している。 また上日野字小柏の野々宮神社、下日野字駒留の地守神社も辛科神社に関係があった。
 社宝は神鏡と呼ばれる懸仏、本地仏である文殊菩薩ほかが毛彫りされている。




お姿
 付近には数十基からなる円墳の小古墳群がある。6世紀後半である。神社の創建もこのころと思われる。 
 丘陵地帯の頂上付近に鎮座、この辺りは桑、トウモロコシの栽培が盛ん。社叢は大きい森になっている。
 渡来人が多く住み着いた地域とされ、地名にも名残がある。



お祭
お筒粥   1月14日
茅の輪神事 7月31日
例祭 4月9日、10月9日


 熊野神社
群馬県館林市台宿町2-8 infoseek


交通案内
館林駅より 北北東1.2km  

祭神
主神 五十猛命
合祀 大屋津姫命、抓津姫命

由緒 

 創建時期は不詳。

 紀ノ国の熊野大社には樹木神の櫛御氣野命、また豊作神の家津美御子命と言う名で素盞嗚尊として祀られている。現在、五十猛命の名は見えない。

 地方の熊野神社には当社のように五十猛命が祭神となっている社がある。かっては熊野大社にも五十猛命が祭神として祀られていた傍証と見ることができる。

お姿
 鳥居に熊野大権現と記されている。東側に法輪寺と言う大きい寺がある。鎮守であったようだ。
 神道と仏教とは明治維新以後分離されてきたが、この地方は仏教の勢いが強かったのであろう。法輪寺と比較できないほどみすぼらしい。 木々もない。法輪寺の大木が神木を兼ねていると見るほかはない。
 館林駅からこの神社方面までは200mおきに小さい神社が点在する。青梅神社、稲荷神社、琴平神社、熊野神社、長良神社と並ぶ。



お祭
例大祭 4月15日


 熊野神社
群馬県太田市熊野町23-25 infoseek



鳥居



交通案内
太田駅より 北1km

  

祭神
主神 櫛御氣野命、大谷津姫命、抓津姫命



由緒 

 創建年代等は不詳。この地域は弥生時代の遺跡は希薄であるが、 古墳時代以降は多くなる。

 神社は八王子丘陵の麓に鎮座。八王子丘陵からは埴輪の窯跡が出土している。古代武士埴輪が有名である。
 神社の祭神の櫛御氣野命はまた家津美御子命とも称され、豊饒や食物を司る神とされる。 大谷津姫命は多くは大屋津姫命と記され抓津姫命と共に紀ノ国の樹木神である五十猛命の妹神とされまた素盞嗚尊の御子神である。 この三兄妹の神々は共に祀られていることが多い。
 紀ノ国の熊野本宮神社では家津美御子命は素盞嗚尊の別名となっている。素盞嗚尊、櫛御氣野命、家津美御子命、五十猛命などは同一神であり現れ方で呼び方が違うとの理解であろうか。


お姿
 太田駅から平和通りを北に向かう。八王子丘陵にかかる所に熊野神社が鎮座している。 参道の巾は広い。拝殿の前に大きい石が立てられている。これも由緒不明である。
 太田駅の南側には式内社の伊佐須美神社、江文神社が鎮座、また北側の金山丘陵には新田神社が鎮座している。明治8年の創祀である。



拝殿





お祭
夏大祭 7月第三日曜日 2日間
秋大祭10月中旬日曜日 1日間


 熊野神社
群馬県太田市強戸1711  mapion


交通案内
東武桐生線治良門橋[じろえんばし]駅より 東1.5km  

祭神
主神 櫛御氣野命、五十猛命、大屋槌命、抓津姫命
由緒 

 上強戸の鎮守である。由緒、創建年代等は不明。
 強戸は額戸で新田義重の庶子三郎経義が額戸氏を名乗った。
 この地域には古墳が多く強戸の隣は成塚と言う名である。この中でも特に天神山古墳は全長210mの東日本最大の古墳である。 半島系の独立王権の存在を示唆する説がある。弥生時代の遺跡は希薄でそれ以後の須恵器や古墳時代以降の遺跡が多い。
 祭神の大屋槌命は神社庁発行の平成祭りのCDを参照したのであるが、五十猛命三兄妹の神々であろうから大屋津姫命と思われる。 また櫛御氣野命は、三兄妹神の父神とされる素盞嗚尊であろう。紀ノ国の熊野本宮神社では櫛御氣野命は家津美御子命、または素盞嗚尊の別名となっている。

お姿
 この辺りのお家は大きい。それにもかかわらず神社の建物は寂しい限りである。 勿論神社の命は杜であり、社殿ではないが、杜も木々は寂しい。背後の山は鳳凰ゴルフ場になっている。 熊野神社の社殿に向かって左隣に八坂神社[素戔男命]が鎮座。


神社



お祭
春大祭  4月第二日曜日 1日間
秋大祭 10月第二日曜日 1日間


 八幡社
群馬県太田市強戸956 mapion


神社



交通案内
東武桐生線治良門橋[じろえんばし]駅より 東南1.3km

  

祭神
主神 品陀和氣命、建御雷神、伊波比主命、素盞嗚命、許登能麻遲比賣命、倉稻魂命、建御名方神、五十猛命 、櫛御氣野神、須勢理姫命、天子屋根命、大國主命、大屋津邊命、市杵嶋姫命、抓津比賣命、大日靈命
配神 菅原道眞



由緒 
 下強戸の鎮守である。由緒、創建年代不明。
 強戸は額戸で新田義重の庶子三郎経義が額戸氏を名乗ったのを起源とする。
 太田市の中心の金山丘陵の北西側に当たる。更に北西には成塚地域があり古墳群の中間地の田園地帯である。 実に多くの神々が祀られている。
 このサイトにこの神社を採録したのは五十猛命、大屋津邊命、抓津比賣命の三兄妹神が祀られているからである。 全国に木々を植えた神々として有功の神とされている。



お姿
 神木は樅の木である。境内には石の祠が数多くおかれている。祀られている多くの神々が合祀されたのであろう。


神社



お祭
春季例祭  4月第三日曜日 1日間
夏季例祭  7月第四日曜日 2日間
秋季例祭 10月第三日曜日 1日間


 菅原神社 
群馬県太田市西長岡1367 infoseek


交通案内
東武桐生線治良門橋[じろえんばし]駅より 北正2km、藪塚駅東1km

祭神
主神 菅原道眞
配祀 建御名方命、櫛御氣野命、五十猛命、大屋津姫命、抓津姫命

由緒 
 岡登用水は谷津川と呼ばれている。大屋津姫命は大谷津姫命ともされ、植樹や家屋の神でもあるが、地域によっては開拓の神でもある。 この神を奉じた人々の子孫が開拓したので谷津川と呼ばれたのであろうか。
 長岡の地は古くは石塩と呼ばれていた。東は菅塩であり、西は藪塚である。藪塚は温泉もありまた木枯紋次郎の故郷の三日月村がある。
 もっと北は桐生であるが岩宿遺跡は縄文土器以前の文化の存在を伝えている。
 太田市は利根川と渡良瀬川に挟まれた沖積低地であるが、弥生遺跡は少なく、古墳時代以降に大いに発展した地域である。新田が広大であったので太田と呼ばれたと伝わる。

お姿
 バス停北長岡の目の前に鎮座、境内には十二石橋の碑が建てられている。洪水で多くの橋が流され、堅固な石の橋を架けてその安全を祈願したものであろう。 明治32年に山田勝太郎氏の作となる石碑に以下の文章が刻まれている。
十有二水 徒杠既成 不朽不壊 盤固永横 四通八達 為■輸程 車馬絡繹 以北晶栄


神社



お祭
春季例祭  4月15日に近い日曜日 1日間
秋季例祭 10月15日に近い日曜日 1日間


 松尾神社
群馬県新田郡新田町小金井1112 infoseek


鳥居



交通案内
東武桐生線治良門橋[じろえんばし]駅より 西2km



祭神
主神 大山
配祀 品陀和神、市杵斯摩姫命、宇迦之御魂神、大屋都比賣命、木花咲夜姫命、健御名方命、抓津比女命、櫛御氣野命、菊理比神、天神七代地神五代神



由緒 
 水の乏しい地域であった。また水を保持しにくい土質であり、古来より桑を育て養蚕が盛んな地域である。現在も桑畑が多い。 秦氏の祀る山城の松尾大社から大山神を勧請した。承平年間西暦930年代の創祀である。
 神社の北1.5kmに二つ山古墳がある。6世紀後半から7世紀初に造営されている。 様々な神々を奉じてこの地を開拓した人々がおり、そこへ秦氏の一族が養蚕技術と大山神をもたらしたのであろう。 南の境町と一体となり、栄えたのである。平安時代以降の遺跡が多い。



お姿
 参道を道が横切っている。厳かな神域の雰囲気はない。杜も整備しすぎ、鬱蒼とした感じではなく、神々が鎮まるムードが少ないような印象である。
 境内には多くの摂社がある。 神明、竃、諏訪、北野、母加佐、春日、八坂、鷲、絹笠の社である。
 小金井太々神楽が伝わっている。町指定無形文化財である。
 神楽次第 国堅 1 猿田彦大神 2 住吉大神 3 児屋根神 4 天の岩戸開き 5 香取・鹿島大神 6 八幡大神 7 金山彦大神 8 大国魂・天若彦大神 9 恵比寿大神 10 稲荷大神 11 火の神 12 大山祇大神 外 八俣の大蛇退治


社域と拝殿



お祭
春季例祭  4月第三日曜日 1日間 太々神楽
夏季例祭  7月28日 1日間
秋季例祭 10月第三日曜日 1日間 太々神楽  


 米岡神社
群馬県佐波郡境町米岡149 mapion

鳥居




交通案内
東武伊勢崎線 境駅より 南東1.5km  

祭神
主神 櫛御氣野命
合祀 譽田別命、豐城入彦命、大日命、五十猛神

由緒 

 創建年代は不詳。利根川と広瀬川の合流地点から北の洪積低台地にある。
 西300mに米岡古墳がある。縄文後期、晩期の遺物や古墳時代の祭祀跡が出ている。

 境町には式内社として大国神社が下淵名に鎮座している。大國主命に配祀されている女神は日葉酢媛命、渟葉田瓊入媛命、眞砥野媛命、竹野媛命、薊瓊入媛命 である。

お姿
 松ノ木が多い。東日本の神社は瓦葺きが多い。

 



お祭
春祭    4月 3日
秋祭   11月 3日



 千本木神社
群馬県伊勢崎市茂呂町2280-1 mapion





交通案内
新伊勢崎駅より 南1.5km

  

祭神
五十猛命



由緒
 創建年代は不詳。

 伊勢崎市の町名に植木町が見える。またこの神社の住所が茂呂であり、社名も千本木とあり、木々の密集を願う気持ちが伝わる。 伊勢崎市の東一円と西一円に五十猛命を祀る神社が利根川沿いに分布している。 製材、植林の中心地であったと思われる。



お姿
 村の鎮守の風情であるが、カッラカゼの中で、神木の銀杏の葉も落ちてもわびしい。



お祭
春祭    4月 3日
例大祭  10月17日



五十猛命ホームページ
神奈備にようこそ