熊野古道紀伊路、和歌山県の王子社
岩内王子と熊野[いや]神社

御坊市藤田町吉田




 九海士王子から南へ進みキノクニ線の踏切を渡る。湯川子安神社の側を通り東南東へ進み、野口新橋を渡る。この橋は道成寺の色に塗られている。日高川に沿って下流方向に1200m程歩く。 下流の御坊大橋があり、たもとに〒岩内局がある。その少し向こうに岩内コミュニティセンターがあり、その敷地内に王子跡の石柱が立つ。元の社地が水没したようなので新たに也久志波王子として岩内王子を祀ったと続風土記は伝える。河原に数基の石搭・石仏がある。 また岩内王子は焼芝(薬師場)王子とも呼ばれた。也久志波王子との書く。本来の社地は現在は日高川の中にあったとされる。 明治41年熊野神社に合祀された。いや神社と読む。


岩内王子石柱




熊野いや神社 御坊市熊野 mapion



鳥居



祭神 伊弉諾神 伊弉册神 大日靈女神 配祀 國常立神 天忍穗耳神 合祀 猿田彦神 天鈿女神 神日本伊波禮彦神 大己貴神 天兒屋根神 燒芝王子 廏戸皇子 武甕槌神 萬幡姫神 經津主神 金山彦命

由緒 往古出雲民族が紀伊に植民する際にその祖神の分霊を出雲の熊野より紀伊の新熊野に勧請する途中、「当社に熊野神が一時留まりませる」ということが当神社の由緒になっている。 往時は盛況で例祭における渡御は田辺牛ノ鼻までと伝えられ、道中鉾につけた鼻高の面が海の方に向くと漁事に障りがあるということで漁民が大変恐れ、また馬が嘶くときは凶事のある兆しとして、沿道の人々が恐みて炊煙を上げず、道を掃き潮を打って清め、ひたすら、無事に通過するのを祈ったということである。

お祭り 3月17日 祈年祭、秋葉祭
    7月17日 夏祭り
    10月第三日曜日 秋祭り


社殿



熊野神社の疱瘡神の石碑




紀伊内原駅から塩屋王子への地図 55k


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