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愛徳山王子が八幡山の北の麓、この王子は南の麓にあった。御坊市史に吉田村手鑑には「往古八幡山之間入海にて此山之すそに海士住居致し、道成寺之観音を海中よりかつき上申候由申伝え、仍之海士を海士王子と祝せしめ有之候」と記されているが、 九海士とか海士とかの表示は近世の事であり、久和万、クワマ、桑間崎王子等と表現された。 明治41年、前の愛徳山士王子と共に近くの八幡神社に合祀された。なお九海士王子社にあった宮子姫像は道成寺に祀られている。本来は天照大神像であったと推定されている。 九海士王子石柱 ![]() 祭神 八幡大神、神功皇后、高良神 由緒 神功皇后が帰国後行宮を営み、その後九人の供に船を一艘ずつ与えて帰宮された。 九海士と言われた九人はその船で漁業に努め、農業に精出し、行宮の聖地に八幡大神をお祀りした。後世、九海士の邑長「早鷹」の娘が宮子姫(髪長姫)で文武天皇の妃となった。道成寺の建立の由縁となり、逆にこの神社は衰亡した。 神社の隣に宮子姫(髪長姫)生誕の地の石碑と公園がある。弁当、便所にいい。 お祭り 10月 5日 秋季例祭 八幡神社
八幡神社から道成寺を望む ![]() 紀伊内原駅から塩屋王子への地図 55k 次の王子社、岩内王子 熊野古道、紀伊路 和歌山県編 熊野古道、九十九王子社 古代史街道 紀ノ国編 神奈備にようこそに戻る |