熊野古道紀伊路、和歌山県の王子社
千里王子神社と須賀神社
印南町西岩代 JRきのくに線岩代駅南東3km mapion



 岩代王子からJRきのくに線と42号線の間の古道をくねくねと歩く。 3KMできのくに線を海の方に渡る。歌所である千里ヶ浜である。南部ロイヤルホテルへの道へ行かずに右に進むと岬の上にでる。広い駐車場を下りると千里王子神社が鎮座している。 海岸に面している。 熊野詣での道筋で海岸の白い砂浜を歩くのは始めてと言うことになる。 千里観音堂が後裔ともされる。

千里観音堂

 途中の坂道に野仏が並んでいる。
 千里浜南端の目津泊り遺跡からは弥生時代から平安時代にかけての大量の製塩土器が出土している。 『大鏡』の花山天皇の「旅の空よはの煙とのぼりなばあまの藻塩火たくかとや見ん」はこの地で歌われたとされる。

千里王子神社 南部町山内

千里王子神社


祭神 倉稻魂命または彦火火出見尊

由緒 桓武天皇の延暦年間に創建されたと伝わる。 貝を拾って供える風習があった。貝の王子と呼ばれたと言う。貝は身が滅んでも美しい姿を残すことから延命長寿の呪力を持つとされた。
 南部川村の須賀神社の境外社になっている。

須賀神社 日高郡南部川村西本庄242 mapion

須賀神社鳥居

 南部駅から南部川を3kmほど遡る。川の右岸(北側)に鎮座する。南側はいわゆる南部梅林である。

祭神 素戔嗚尊 櫛稻田姫命 五男三女八柱神 蛭兒神 大國主神 事代主神 櫛八玉神 大歳神 御年神 若年神
 摂社 若宮神社「天忍穗耳尊」、秋葉神社「加具土命」、日吉神社「大山咋命」、千里王子神社「倉稻魂命」

須賀神社社殿

由緒
 南部川流域は弥生時代からの穀倉地帯で、丘陵からは銅鐸が多く出土している。
 一条天皇の時代に山城国祇園社より、この地に勧請したのが始まりとされる。祇園御霊宮と称し、南部荘の総鎮守とされていた。
 江戸時代中期の檜皮葺・一間社隅木入春日造の建物が残り、全体が極彩色で覆われている。

 須賀の森の山腹(夜の山)に遷座していたが、何時の時代か遷座している。元地には平坦な馬場跡や祭祀用と推測される弥生式土器が出土している。

祭り 
 例祭は10月9日に行われ、奉納行事は、競馬、やぶさめ、山車、獅子舞、笠鉾等非常な賑わいを見せる。

須賀神社第一殿第二殿


切目から南部への地図

前の王子社、切目岩代王子
次の王子社、三鍋王子

熊野古道、紀伊路 和歌山県編
熊野古道、九十九王子社
古代史街道 紀ノ国編
神奈備にようこそに戻る