丹生神社(栗栖)
和歌山市栗栖1 infoseek

交通案内
阪和線  天王寺→和歌山 (60分830円)
和歌山線 和歌山→田井ノ瀬 南東500m   和歌山市栗栖1
 
祭神
日本武尊、宇摩志摩治命、丹生津比売命

由緒
 和歌山では物部の祖を祀る珍しい神社である。紀成実が祖神宇摩志摩治命を祀った事で紀氏栗栖大明神とよばれた。 物部氏と紀氏との関係では、宇摩志摩治命の七世の孫が荒川戸俾の女中日姫と結婚している等、さまざまな関係があったようである。 また、社伝によると、白鳥が「我日本武尊を祀れ。」と言ったので喜んで祀ったとのことである。

お姿
 森は美しい。周辺は田園であり、遠くから森が四角によく見える。岩橋千塚古墳の北側に位置している。丹生神社は本殿がきれいである。拝殿に縦に本殿の屋根がある。

神社


お祭り
 7月15日 夏祭
10月15日 例祭


紀伊国名所図絵から



紀伊国名所図絵から 栗栖神社 丹生明神の北西に当たる。




紀伊續風土記 巻之十一 名草郡 栗栖荘 栗栖村から(久留須)
○紀氏栗栖神社  境内 東西十七間 南北二十二間 
  本 社 五尺二寸 四尺二寸  合祀丹生明神  拜殿
  摂社八幡宮
 本國神名帳正一位紀氏栗栖大神
西栗栖の東にあり 馬塲栗栖南栗栖西栗栖及出島村の氏神なり 祭神詳ならす 神名に據れは紀氏の此地に住するもの其祖神天道根[アメノミチネ]ノ命を祀りしならむか 栗栖と稱するは栗栖村に座すを以て稱するなるへし されと神名帳載する所位階其貴を極るを見れは獨紀氏一家の祀る所にあらす
朝廷の御崇敬も尋常ならさる事明けし 此村粉河寺の領となりしより勸音堂を新に建立し又丹生明神を紀氏神社の相殿に祀りて粉河寺の形を寫せり 此より丹生明神とのみ稱して紀氏栗栖神社と稱するものなきに至れり 寛文記に古は免田十一町ありしとあり 神主あれとも諸事は番頭六人の者より支配す 祭禮六月十六日なり 摂社八幡宮場塲栗栖の南舟戸の森といふ處にありしを便に従ひ此に移すといふ 當社の事詳なる神社考定ノ部に辮す

○丹生明神社  境内周七十二間
  本 社  一間半 七尺四寸  神樂所  末社 栗嶋明神社
東栗栖の南一町許にあり 東栗栖八軒屋の氏神なり 土人當社を若宮ともいふ 荘中古は西栗栖紀氏栗栖神社を氏神とせしに紀氏社に丹生明神を合せ祀りし後荘中争論なとありて東栗栖八軒屋別に丹生明神を分ち祀りならむ 若宮の名は西栗栖ノ社に對せる稱なるへし

○旗降寺 白鳥山教王院
   中略   鎮守社
馬塲栗栖の巽にあり寛文記に 景行天皇の御宇日本武尊白鳥となりて南方に飛て此地に來り玉ふ 其翼大にして旗二流降るか如し 其後いつれの 帝の御時にあえあしまけん勅願ありて此地に伽藍御建立あり
   中略



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